公開日:2026年4月3日

福岡アジア美術館によるアーティスト・イン・レジデンスの成果展が開催中。国内外4作家が表現する「記憶の手ざわり:世界をつなぎとめるために」

福岡・Artist Cafe Fukuokaにて開催。会期は3月20日〜4月12日。

小田原ルーカス 面影 2026 撮影:編集部(諸岡なつき)

4人のアーティストが福岡で問う「記憶」

福岡アジア美術館によるアーティスト・イン・レジデンス事業の成果発表展「記憶の手ざわり:世界をつなぎとめるために」が、福岡・Artist Cafe Fukuokaにて開催されている。会期は4月12日まで。

同館は、国内外からアーティストを招き、福岡での滞在制作や市民交流を支援するアーティスト・イン・レジデンス事業を行っている。本展は、2025年度の第2期(2025年10〜12月)と第3期(2026年1〜3月)に参加した4人のアーティストによる成果展だ。

今回参加したアーティストは、チェン・イェンチー(陳彥齊)進藤冬華アルピタ・アカンダ小田原ルーカスの4名。彼らの関心は、音、移民、家族、身体など多岐にわたるが、それぞれに「記憶」と深く結びついているという。ときに不明瞭で断片的な記憶は、誰かと共有することも難しい。アーティストたちはその曖昧さを無視したり都合のいい事実にすり替えたりすることなく、記憶の手ざわりと想像力を頼りに、誠実に表現しようと試みる。

福岡で制作した作品群の見どころは?

チェン・イェンチー(陳彥齊)は1998年台湾、台南生まれ、台南・新竹在住。2025年の「台北アートアワード(Taipei Art Awards)」ファイナリストにも選出された実力派だ。近年は「音の政治性」に着目し、音がどのように人間の行動を制御しうるかをテーマに、ユーモアに富んだ作品を制作してきた。

今回の滞在では、福岡の風景や音、人々の行動を観察し、音がどのように記憶され、アイデンティティを形成するのかをリサーチ。それらを音と映像が交じり合う空間として表現する。

チェン・イェンチー 身体に刻まれた音 2026
チェン・イェンチー 鳥はこのように鳴くらしい(部分) 2026

インスタレーション《身体に刻まれた音》の一部である《鳥はこのように鳴くらしい》は、福岡の街頭で約40名の人々に声をかけ、横断歩道を渡る際に流れる音響式信号の鳥の声をその場で再現してもらうパフォーマティブな映像作品である。撮影は顔の全体ではなく口元に限定され、そこにはためらい、戸惑い、恥ずかしさが見てとれる。私たちの身体がどのように社会的なルールや環境に導かれているのかを、少しおかしみを交えながら鋭く問い直す。

チェン・イェンチー スローソングス、ファストラブ(部分) 2026

進藤冬華は札幌市生まれ、札幌市在住。これまで北海道の近代の土地の歴史や文化をリサーチし、作品を制作してきた。今回の滞在では、明治開拓期に福岡から北海道に入植した移住者たちをテーマに、福岡城の近現代変遷と炭坑などもリサーチ。一般の参加者や学校の子供たちとのワークショップを交えながら、記録の新しいかたちを作品化する。

進藤冬華 こういう記録 2026
《こういう記録》 (部分)。手前の蛇行する制作物は蛇行する石狩川、奥の床置きの平面の製作物は大濠公園をかたどっている。

進藤はリサーチの過程でオープンスタジオを実施し、収集した資料や写真を来場者が自由に扱えるようスタジオを開放した。こうした開かれた環境のもとで、当初のリサーチの目的や歴史的文脈は、揺らぎ、変容していった。しかしそのいっぽうで、参加者の介入によって記録は新たなかたちへと更新され、従来とは異なるアーカイヴの生成が誘発された。

進藤冬華 こういう記録(部分) 2026

アルピタ・アカンダは1992年インド、カタック生まれ、シャンティニケータン在住。紙織りの技法を用いた作品やパフォーマンスを通して、国家によって断片化された記憶を修復する。今回の滞在では、博多織や久留米絣などの伝統工芸や芸能、古地図などをリサーチ。そこから紡ぎだされたイメージが層をなし、揺らぐような紙織り作品を制作する。

アルピタ・アカンダ はざまⅠ 2026
アルピタ・アカンダ はざまⅠ(部分) 2026

16日間にわたって織り続けられた《はざまⅠ》は、表面にアカンダのパフォーマンスの図像が浮かび上がり、彼女の身体への関心を強く示している。いっぽうで裏面には福岡の古地図が編み込まれ、時間や場所のレイヤーが重なり合う構造となっている。

アルピタ・アカンダ 時を包む(部分) 2026

小田原ルーカスは1989年ブラジル、サンパウロ生まれ。長年のドイツ生活を経て、現在はサンパウロ在住。釉薬を用いた絵画やコラージュ、執筆などを通して、移りゆくアイデンティティや身体性について探求してきた。今回の滞在では、寺社や劇場などをリサーチ。門や舞台のモチーフを昇華させ、和紙や柿渋を用いた大規模なインスタレーションを制作する。

小田原ルーカス 面影 2026
《面影》の一部を構成する連作《Intervals》

《面影》は、小田原の身体への関心を軸に、影や残像、表裏といったテーマが内包されている。そのありようは、まるで小田原自身の人生をなぞるかのようなインスタレーションである。

また、2024年より制作が始まった連作《Intervals》は、移動の多い小田原が折りたたんで持ち運べるように構想された、日記のような作品群だ。各作品は一日ごとに完結し、福岡に滞在する日々の痕跡が静かに刻まれている。

小田原ルーカス Intervals 2024〜2026

本展企画チームのひとりの福岡アジア美術館学芸員の桒原ふみは「4名の作家を束ねる展覧会タイトルを定めることは、容易ではなかった。当初は『移動』をキーワードとして検討していたが、むしろ離れているものを結びつけ、結び直す行為のほうが、彼らの実践により近いのではないかと考えるようになった。

彼らの表現は、システマティックに状況を俯瞰するものというよりも、記憶や手触りを確かめるように、身体を介して手繰り寄せながら『世界をつなぎとめる』営みである。そうした理解から、展覧会タイトルは自ずと導かれていった。

さまざまな困難によって世界が分断されつつあるいま、彼らが提示する実践のあり方にこそ、重要な示唆があるのではないだろうか。」と述べた。

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