八竹庵(旧川崎家住宅)アーティスト
森山大道、リンダー・スターリング、ジュリエット・アニェル、イヴ・マルシャン& ロマ・メェッフェル、福島あつし、タンディウェ・ムリウ、アントン・コービン、フェデリコ・エストル、柴田早理、ファトマ・ハッスーナ、タンディウェ・ムリウ、アーネスト・コール、レボハン・ハンイェ、ピーター・ヒューゴ
捉えどころがなく、常に変化を続ける「EDGE(エッジ)」は、物理的、社会的、心理的な様々な形をとって立ち現れる。断崖に身を置いたときの緊張感、衝突が起きる瀬戸際、周縁で生きることの不安定さ、新しい先端を行く決意——そんな感覚を呼び起こすかもしれない。
写真もまた、「際(きわ)」をその内側に抱えている。写真というメディウムは誕生以来常に周縁に位置し、記録と芸術のあわい、真実と虚構のあいだを揺れ動いてきた。いま、新たなテクノロジーの到来と画像が氾濫する時代のはざまで、写真は臨界点に立たされている——先が見えない不安と、何かを発見する高揚感。その両者が共存する場所に。「エッジ」の向こう側に何があるのかは、誰にもわからない。混沌とともに崩壊へと向かうのだろうか。それともその「エッジ」は、別の世界へと誘う入口なのだろうか。
KYOTOGRAPHIE2026は、この「あわい」を、緊張と変化が同時に生まれる場所として描き出す。ラディカルな写真表現の試みの隣で、都市の衰退を見つめる作品があり、周縁に追いやられたコミュニティの記録は、植民地主義や領土争いといった現在進行形の問題と交錯する。また、自然のもつ超越的な力にもレンズを向け、「ギリギリの際」に到達することで、視点・思考・創造の新たな地平がそっと開いていくのが見えてくる──たとえ環境的にも、政治的にも、個人的にも、もっとも暗い現実のさなかにあったとしても。「エッジ」は、不確実性に満ちた場所であり、同時に可能性の生まれる場所でもある。
そしてひとつの終わりが、次の始まりへと導かれる。